薪森原村(読み)たきぎもりばらむら

日本歴史地名大系 「薪森原村」の解説

薪森原村
たきぎもりばらむら

[現在地名]鏡野町薪森原

下原(しもばら)村の西に位置し、北は古川(ふるかわ)村・宗枝(むねえだ)村・真加部(まかべ)村、南は中北下(なかぎたしも)村(現久米郡久米町)に接する。「経俊卿記」正嘉元年(一二五七)九月二三日条に薪郷が記され、境相論があったことが知られる。この件は仙花門院(曦子内親王)から奏上されている。永禄二年(一五五九)一二月一八日の斎藤近実感状(美作古簡集)によれば、桜井藤兵衛は医王山(いおうやま)城(現津山市)での働きに対し「薪郷之内平嶋分田数壱町」を、同九年には「薪郷之内長滝分反銭」を(「斎藤親実判物」同書)、同一三年四月三日には「薪郷之内長滝分」を再度宛行われている(「某宛行状」同書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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