藤井日静(読み)フジイ ニチジョウ

20世紀日本人名事典 「藤井日静」の解説

藤井 日静
フジイ ニチジョウ

大正・昭和期の僧侶 元・日蓮宗管長;身延山久遠寺第86世法主;大僧正



生年
明治12(1879)年10月1日

没年
昭和46(1971)年12月27日

出生地
東京・神田

別名
号=一乗院

学歴〔年〕
東京正則英語学校高等部卒,祖山学院卒,祖山学院大学院修了

経歴
東京・神田の炭問屋の三男として生まれる。明治23年11歳のとき、千葉県法華寺で修行、26年山梨県長遠寺望月日謙の門徒となり、大正12年京都・満願寺住職となった。大正時代、尾上松之助主演の映画「日蓮聖人御一代」を使って初の映画布教に従事。昭和17年東京身延山別院主管、21年身延山久遠寺総務、34年久遠寺法主、38年日蓮宗管長・大僧正。同年ハワイ真珠湾のアリゾナ号で真珠湾戦没者追悼会法要を執行。40年世界連邦世界大会に出席し講演、44年身延山で世界連邦平和促進宗教者大会を開き「身延宣言」を採択した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤井日静」の解説

藤井日静 ふじい-にちじょう

1879-1971 大正-昭和時代の僧。
明治12年10月1日生まれ。山梨県長遠寺の望月日謙の弟子。京都満願寺住職をへて,昭和34年身延山久遠寺法主,38年日蓮宗管長となる。ハワイ真珠湾戦没者追悼会法要を真珠湾内のアリゾナ号でおこなうなど,世界平和運動にたずさわった。昭和46年12月27日死去。92歳。東京出身。祖山学院卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android