修行(読み)しゅぎょう

デジタル大辞泉の解説

しゅ‐ぎょう〔‐ギヤウ〕【修行】

[名](スル)
悟りをめざして心身浄化を習い修めること。仏道に努めること。
托鉢(たくはつ)・巡礼して歩くこと。「全国を修行する」
学問や技芸を磨くため、努力して学ぶこと。「弓道を修行する」「武者修行

す‐ぎょう〔‐ギヤウ〕【修行】

《「す」は「しゅ」の直音表記》「しゅぎょう(修行)」に同じ。
「山伏…去(い)ぬる七月より、―にまかりありくに」〈宇津保・忠こそ〉

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百科事典マイペディアの解説

修行【しゅぎょう】

宗教において,神聖な存在と関連して,宗教的生活の統制調節規定などを実現するための精神的・肉体的行為。仏教では古くから重視され三学八正道が基本とされ,禅定観法・密教法などはそれぞれの教義に基づいて組織された。キリスト教では柱頭行者隠修士などに代表される禁欲主義的修行が重視され,荒野における修行や修道院生活を生み出す大きな要因となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

しゅぎょう【修行】

肉体を訓練し,その生理的欲求に禁圧を加えることを通して,精神の安定および神的なものとの交流や合一を達成しようとする自覚的な行為。武術や運動,技芸や道徳,そして宗教など多領域で用いられるが,ここでは宗教における修行について述べる。なお,学術・技芸を習い修める場合には〈修業〉の語をあてることがある。 未開宗教では成人式や秘密結社への入団式にさいして,隔離された状態のなかで割礼や断食などの試練が課せられる。

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大辞林 第三版の解説

しゅぎょう【修行】

( 名 ) スル
学問や芸術・武術などに励み、それをみがくこと。 「 -を積む」 「武者-」
生理的欲求を禁じて精神および肉体を鍛錬することにより、精神の浄化や神的存在との合一を得ようとする宗教的行為。
〘仏〙 戒律を守ったり、悟りを開くために特定の宗教的行為を行なって、仏の教えを実践すること。仏道に励むこと。 → 修業(補説欄)

すぎょう【修行】

〔「す」は「しゅ」の直音表記〕
しゅぎょう(修行)」に同じ。 「いぬる七月より、-にまかりありくに/宇津保 忠こそ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

修行
しゅぎょう

仏道修行ということばで代表されるように本来は宗教上の目的実現のために課せられた身心鍛練の組織的な実践である。ひとり仏教ばかりでなく、カトリック院の修道生活、イスラム教徒に義務づけられた種々の行法(たとえば断食(だんじき)や巡礼など)、またわが国の神道(しんとう)にみられる禊(みそぎ)の錬成から、未開宗教の職能的祭祀(さいし)者や呪術(じゅじゅつ)師における霊力獲得の修法に至るまで、世界の宗教史の幅広い領域でこの語が使用されている。その底には、各宗教の奥義や秘術の体得あるいは宗教者としての高度な人格の完成は、一定の規範に基づいた厳しい実践がなければ達せられないという共通の認識がある。
 また宗教の世界ばかりでなく一般の世俗社会でも、諸芸諸道に熟達するために師匠を求めて腕を磨くことを修行という。この場合でも単に技を習得するのみでなく、技とともに人間をもつくるという精神的意味が含まれていたが、近年この意義はきわめて希薄となり、修行は修業あるいは習業への傾斜を強めている。[松本晧一]

宗教上の修行

前述の目的実現のため多くの宗教はさまざまな倫理的実践項目や宗教上の生活規範を設けている。それらの多くは厳しい禁欲克己的な内容をもっており、一般に戒律や行持(ぎょうじ)規範などといわれているが、身体の実践を通して精神をコントロールしようとする身心相関の考え方を基調とする。
 煩悩(ぼんのう)の基盤としての肉体を意図的に徹底して苦しめる場合は、苦行といわれるが、修行がすべて苦行とは限らない。たとえば仏陀(ぶっだ)によって説かれた原始仏教の修行は、難易いずれの両極端を避けた中道主義という。しかし、修行は、自律・他律のいずれであっても、ある特定の行為の枠の中へ自らの生活を当てはめていくのであるから自由放縦は許されず、その意味ではいかなる修行にも苦行的要素は存するものといえる。修行者にとっての真の自由とは、生活を規制する枠の中にあって、しかもその枠を超えたところにみいだされるのであり、そこで体得される喜びは修行の枠が厳しければ厳しいほど大きいものとなる。修行の魅力はそこにあり、一般に修行者が易行よりも難行を求める傾向もここに一因する。[松本晧一]

文化としての修行形態

宗教修行の形式は教理や教団の伝統によって異なる。静坐(せいざ)や瞑想(めいそう)、断食のような静態的なものから、山岳の登攀(とうはん)や回峰、聖地の巡礼や托鉢(たくはつ)のように動的なものもある。また単独で行うもの、集団で組織的に行うもの、屋内と屋外の修行の場の相異などさまざまあるが、元来、宗教修行の一つの特徴は礼拝や口唱のように理屈を抜きにした単純な身体行為の反復実践にあった。
 今日の宗教修行の形態はそうしたもろもろの基本的な修行行為が複合した体系であり、儀礼や祭祀その他の宗教諸行事にかかわっている面が多い。その意味では、宗教修行の形態は様式化された一つの文化である。修行は文化として伝承されてきたこの行動様式(戒律や規範)にのっとって行われることになる。超越的絶対者との合一体験や内在的真理の体現を目ざす宗教においては、とくに修行のもつ意義が強調され、修道院や僧堂などの集団修行の場では、こうした修行の行為規範が厳重に維持されなければならない。宗教修行の本領は、宗教上の理想実現のためこうした行為規範を自らの問題として受け入れ、積極的に自己を規制してゆくことにある。[松本晧一]
『『岸本英夫集3 信仰と修行の心理』(1975・渓声社) ▽日本仏教学会編『仏教における行の問題』(1965・平楽寺書店) ▽佐々木宏幹他編『現代宗教4 修行』(1981・春秋社) ▽山折哲雄著『日本宗教文化の構造と祖型』(1980・東京大学出版会)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

しゅ‐ぎょう ‥ギャウ【修行】

〘名〙 (「しゅ」「ぎょう」はそれぞれ「修」「行」の呉音)
① 実際に行なうこと。実践。〔漢書‐厳彭祖伝〕
仏語。仏の教えに従って、身に習い実践すること。仏道をおさめ、善行を行なうこと。
※勝鬘経義疏(611)摂受正法章「無相修行故即是波羅蜜」
※万葉(8C後)五・八〇〇・序文「未修行得道之聖
③ 仏語。主として托鉢(たくはつ)して諸国を歩くこと。巡礼。行脚(あんぎゃ)。遊行(ゆぎょう)。頭陀(ずだ)。執行(しゅぎょう)
※続日本紀‐養老五年(721)六月戊戌「如有行天下諸寺恭敬供養
※海道記(1223頃)東国は仏法の初道「東国は是仏法の初道なれは発心沙彌の故に修行すべき方なり」
学問、芸術などを身につけるように努力し学ぶこと。
※徒然草(1331頃)二一七「徳をつかんと思はば、すべからく、まづその心づかひを修行すべし」
当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉四「飽くまで学問を脩行(シュギャウ)させて」
⑤ 芸術、武道などを練磨するために、諸国をめぐり歩くこと。

す‐ぎょう ‥ギャウ【修行】

〘名〙 (「す」は「しゅ」の直音表記) 仏の考えに従って道を修め苦行すること。しゅぎょう。
※宇津保(970‐999頃)忠こそ「去ぬる七月より、す行にまかりありくに」
※読本・春雨物語(1808)捨石丸「行にゆるされて尼となり、豊苑比丘尼と改め、すぎゃうまめやか也」

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