藤原康長(読み)ふじわらの やすなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原康長」の解説

藤原康長 ふじわらの-やすなが

?-? 南北朝時代公家
藤原親康(ちかやす)の4男。南朝につかえ,左兵衛督(かみ)となる。観応(かんのう)3=正平(しょうへい)7年(1352)男山(石清水八幡宮)で足利義詮(よしあきら)軍をむかえうち,陥落のときは後村上天皇をまもって奮戦。のち四条隆俊にしたがい,以後の消息は不明。号は法性寺。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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