藤原忻子(読み)ふじわらの きんし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原忻子」の解説

藤原忻子(1) ふじわらの-きんし

1134-1209 平安時代後期,後白河天皇皇后
長承3年生まれ。徳大寺公能(きんよし)の娘。母は藤原俊忠の娘豪子。藤原多子の姉。久寿2年(1155)入内(じゅだい)して女御(にょうご),翌年中宮(ちゅうぐう)となる。天皇譲位後の保元(ほうげん)4年(1159)皇后,のち皇太后となった。承元(じょうげん)3年8月12日死去。76歳。

藤原忻子(2) ふじわらの-きんし

長楽門院(ちょうらくもんいん)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典 「藤原忻子」の解説

藤原忻子

没年:承元3.8.12(1209.9.12)
生年:長承3(1134)
平安後期,後白河天皇の皇后。右大臣藤原公能と権中納言藤原俊忠の娘豪子の娘。久寿2(1155)年入内。翌年中宮。平治1(1159)年皇后宮となるが,後白河天皇からはあまり愛されなかった。承安2(1172)年皇太后となる。

(櫻井陽子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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