改訂新版 世界大百科事典 「藤原俊忠」の意味・わかりやすい解説 藤原俊忠 (ふじわらのとしただ)生没年:1071-1123(延久3-保安4) 院政期の歌人。大納言忠家の子,俊成の父。御子左家(みこひだりけ)・二条家の祖として尊ばれた。従三位権中納言兼大宰権帥。名門出の教養人として和歌を愛好,堀河院歌壇構成員として諸和歌会,歌合,《堀河院艶書合(えんしよあわせ)》などに参加,1104年(長治1)には《俊忠朝臣家歌合》を主催,専門歌人と熱心に交流した。新風を吸収しながら穏健な歌風を守った。〈夕露の玉かづらして女郎花野原の風に折れやしぬらん〉(二度本《金葉集》巻三)。家集に《権中納言俊忠卿集》,異本の《中納言俊忠卿集》の2種が伝わる。執筆者:近藤 潤一 出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原俊忠」の解説 藤原俊忠 ふじわらの-としただ 1073-1123 平安時代後期の公卿(くぎょう),歌人。延久5年生まれ。藤原忠家の次男。母は藤原経輔(一説に藤原敦家(あついえ))の娘。従三位,権(ごんの)中納言兼大宰権帥(だざいのごんのそち)となり,二条帥とよばれる。御子左(みこひだり)家の歌人で,藤原俊成の父。勅撰集に29首がはいっている。保安(ほうあん)4年7月9日死去。51歳。家集に「俊忠集」。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by