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藤原敦信 ふじわらの あつのぶ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原敦信 ふじわらの-あつのぶ

?-? 平安時代中期の官吏,漢詩人。
式家藤原合茂の子。母は源等(ひとし)の娘。藤原明衡(あきひら)の父。円融朝で文章生(もんじょうしょう)となる。寛弘(かんこう)4年(1007)の内裏(だいり)密宴や,長和4年の敦良親王(後朱雀(ごすざく)天皇)の読書始で詩をつくった。肥後守(かみ),山城守などをつとめ,晩年不遇をなげいて出家した。詩は「本朝麗藻」に1首。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原敦信

生年:生没年不詳
平安中期の歌人,漢詩人。大内記の合茂と源等の娘の子。子に文章家として著名な明衡がおり,藤原式家の院政期における儒学,漢学の分野での活躍の基礎をきずいた。文章生となり数々の歌合や詩宴に出席した。寛弘4(1007)年4月の内裏での密宴や長和4(1015)年12月の敦良親王読書始めなどに文人として召し出されている。地方官も歴任したが,晩年は不遇を嘆いて出家したという。あるとき敦信のもとを訪れた文章得業生の藤原国成について「秀才とはいいものだ,わが子明衡もこうなってほしいものだ」と感慨をもらした話が『江談抄』にみえる。『本朝麗藻』に詩を残している。

(朧谷寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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