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寛弘 カンコウ

デジタル大辞泉の解説

かんこう【寛弘】[年号]

平安中期、一条天皇三条天皇の時の年号。1004年7月20日~1012年12月25日。

かん‐こう〔クワン‐〕【寛×弘】

[名・形動]広いこと。特に、心や度量が広いこと。また、そのさま。寛大。
「―にして偏曲ならざる人」〈中村訳・西国立志編

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

大辞林 第三版の解説

かんこう【寛弘】

( 名 ・形動 ) [文] ナリ 
心がひろい・こと(さま)。 「 -にして偏曲ならざる人/西国立志編 正直

かんこう【寛弘】

年号(1004.7.20~1012.12.25)。長保の後、長和の前。一条・三条天皇の代。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本の元号がわかる事典の解説

かんこう【寛弘】

日本の元号(年号)。平安時代の1004年から1012年まで、一条(いちじょう)天皇、三条(さんじょう)天皇の代の元号。前元号は長保(ちょうほう)。次元号は長和(ちょうわ)。1004年(長保6年)7月20日改元。天変地妖の凶兆を避けるために行われた。『礼記(らいき)』を出典とする命名。寛弘年間初めに花山(かざん)法皇を中心に編纂された『拾遺和歌集(しゅういわかしゅう)』が成立した。この頃が王朝宮廷文学の最盛期で、一条天皇の宮廷では紫式部・和泉式部らが活躍した。1011年(寛弘8)、一条天皇は三条天皇に譲位した。

出典 講談社日本の元号がわかる事典について 情報

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