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藤堂高次 とうどう たかつぐ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤堂高次 とうどう-たかつぐ

1602*-1676 江戸時代前期の大名。
慶長6年閏(うるう)11月11日生まれ。藤堂高虎(たかとら)の長男。寛永7年伊勢(いせ)津藩主藤堂家2代となる。城下町の整備や新田開発,河川堤防の築造と改修などをすすめた。また藤堂焼(伊賀(いが)焼)をやかせた。延宝4年11月16日死去。76歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤堂高次

没年:延宝4.11.16(1676.12.20)
生年:慶長6.閏11.11(1602.1.4)
江戸前期の大名。伊勢国(三重県)津藩の2代藩主。父は高虎,母は長連久の娘。伊予国板島(愛媛県宇和島市)生まれ。通称大助,大学助。侍従兼大学頭。寛永7(1630)年津藩32万3000石余を襲封。父のあとを受け継ぎ,同藩の藩政の確立に努め,津城下町を整備した。江戸城の普請役にも参加。西島八兵衛らを登用して,河川堤防の築造,修復を行い,新田開発を積極的にすすめた。兵制の整備も実施した。また茶陶の藤堂焼を伊賀(三重県)丸柱で焼かせるなど,文学,風流にも造詣の深い人物として知られる。寛文9(1669)年隠居。江戸で死去。

(長谷川成一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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