藤平田村(読み)とへいだむら

日本歴史地名大系 「藤平田村」の解説

藤平田村
とへいだむら

[現在地名]野々市町藤平田一―二丁目

手取川扇状地北東部、東の富樫とがし用水の分流木呂ころ川と西の同分流十人じゆうにん川の間に位置し、西は下林しもばやし村。仮名付帳は「とうへいだ」と訓ずる。「天文日記」天文六年(一五三七)四月三日条によると、摂津石山本願寺に上番していた門徒組織の松任組の番衆が西縁組の番衆を追返したため、松任組の「藤平内浄念」は中林の新五郎ほか一名とともに破門されている。「藤平」は当地および南の藤平ふじひら付近に比定され、本願寺の門徒組織として松任組に編成されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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