日本歴史地名大系 「藤阿久村」の解説 藤阿久村ふじあくむら 群馬県:太田市藤阿久村[現在地名]太田市藤阿久・藤久良(ふじくら)由良(ゆら)村の東、金(かな)山西方の平坦地に南北に広がる低台地の東端部に位置し、東境を蛇(へび)川が南流する。北方を日光例幣使街道が東西に通る。東は太田町、北は新野(にいの)村、南は細谷(ほそや)村。天正二年(一五七四)自ら関東へ出陣した上杉謙信は三月二六日、桐生より当地へ陣を移し金山城攻撃に備えている(三月二八日「上杉謙信書状」中山小太郎氏所蔵文書)。寛文郷帳では芝野有と注記され、田方一九一石余・畑方三九一石余で、旗本渡辺領。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by