虎秀村(読み)こしゆうむら

日本歴史地名大系 「虎秀村」の解説

虎秀村
こしゆうむら

[現在地名]飯能市虎秀

平戸ひらつと村の西、高麗こま川北岸に位置し、対岸平戸村、西は上井上かみいのうえ村。秩父往還(江戸秩父道)が通る。高麗領に属した(風土記稿)下我野しもあがの村が分立して成立した村で、元禄郷帳に「下我野虎秀村」とみえる。高一〇五石余。国立史料館本元禄郷帳では幕府領。以後の領主変遷永田ながた村に同じ。化政期の家数五四(風土記稿)。慶応三年(一八六七)の南村寄場組合村々蚕種掃立高書上帳(町田家文書)によると、前年一年間に蚕種七枚を掃立てている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 改称 白子 永田

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む