蚊屋庄(読み)かやのしよう

日本歴史地名大系 「蚊屋庄」の解説

蚊屋庄
かやのしよう

現蚊屋を遺称地とする。「和名抄」記載の会見あいみ郡蚊屋郷の系譜を引く庄園か。立庄の時期、領主などは不明。建武五年(一三三八)六月二日の山名時氏寄進状写(蚊屋島神社文書)に「伯耆国蚊屋庄」とみえ、守護時氏は国内の南朝方退治を願って当庄もしくは当庄内の村の地頭職蚊屋島かやしま神社(現日吉津村)に寄進するとある。文和三年(一三五四)一〇月一四日には足利尊氏から、前年美濃国より退去の際戦死した佐々木秀綱の相続人に対し、もと城大曾根氏領であった当庄などが与えられている(「足利尊氏充行状案」周防佐々木文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む