蜂屋茂橘(読み)はちや もきつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「蜂屋茂橘」の解説

蜂屋茂橘 はちや-もきつ

1795-1873 江戸時代後期の随筆家
寛政7年生まれ。田安家につかえ,目付,広敷(ひろしき)用人などをつとめた。ひろい見聞にもとづいて「しいのみ袋」「椎の実筆」「椎園雑抄」などおおくの随筆雑記類をのこす。井上文雄谷文晁(ぶんちょう)らと交遊があった。明治6年12月23日死去。79歳。江戸出身。名は惟清,清漪(きよなみ)。号は椎園。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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