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民法 みんぽうbürgerliches Recht; droit civil; civil law

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

民法
みんぽう
bürgerliches Recht; droit civil; civil law

実質的な意味では,私法一般法をいい,形式的な意味では民法典をいう。ビザンチン帝国の『ローマ法大全』 (533) は近代民法典の淵源といわれ,民法典の構成には,そのうちの「法学提要」が採用している法学提要式 (ローマ方式) と「学説彙纂」が採用しているパンデクテン方式とがある。『プロシア普通法』 (1794) ,『ナポレオン法典』 (1804) は民法のみを法典として編纂された最初のものであり,後者はヨーロッパ諸国,ラテンアメリカ諸国などに大きな影響を与えた。なお英米法系の判例を主体とする国々では,民法典というようなまとまった法典をもたない。日本は,明治政府の委嘱により G.ボアソナードフランス民法を基礎に旧民法を立案,1890年公布。 1893年に施行される運びとなったが,1892年の帝国議会で法典実施の無期延期が議決された。代わってドイツ民法第一草案を基本として編纂したものが現行民法典である。これは,総則物権,債権,親族相続の5編からなり,通常,前3編を財産法,後2編を家族法あるいは身分法と呼んでいる。明治 29年法律 89号および同 31年法律9号として公布,1898年7月 16日から施行された。必ずしも私法の一般法を全部網羅しているとはいえず (利息制限法,借地借家法などは,実質的な意味では民法に属する) ,また,私法以外の規定も含まれているが (法人の罰則,強制執行の方法など) ,なお私法一般法の体系たる地位を保持している。第2次世界大戦後,新憲法の施行に伴い家族法の民主的改正が行なわれ,まず民法応急措置法 (昭和 22年法律 74号) が制定され,次いで昭和 22年法律 222号により親族・相続両編が根本的に改正され,1948年1月1日から施行された。その後,小改正が幾度か行なわれ,昭和 46年法律 99号で根抵当権に関する規定が新規に追加され,1980年の改正で相続分が全面的に見直された。 1999年には法定後見制度の改正,任意後見制度の創設,遺言の方式の改正が行なわれた。

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デジタル大辞泉の解説

みん‐ぽう〔‐パフ〕【民法】

市民生活における市民相互の関係を規律する私法一般法
民法典のこと。

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百科事典マイペディアの解説

民法【みんぽう】

実質的には私法の一般法,すなわち,市民の日常的生活関係を規律しつつ,私法の一般的・基礎的部分をなすものをいう。形式的意味では民法典をさす。日本の民法典は,初めフランスのボアソナードを招いて立案,1890年公布されたが(旧民法),激しい民法典論争の結果施行されずに終わった。
→関連項目フランス民法

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世界大百科事典 第2版の解説

みんぽう【民法】

形式的に考えれば,民法とは〈民法〉という名のついた法律(1,2,3編は1896年公布。4,5編は98年公布。以下民法典と呼ぶ)ということになる。しかし,この定義に対して次の疑問が生じる。第1に,民法典起草当初からこれと一体のものとして制定された各種の法律(不動産登記法遺失物法戸籍法など。民法177,240,739(旧規定は775条参照)および民法典の規定を前提とし,これを修正するために制定された各種の法律(借地法,借家法など)は,法律の名が異なるというだけの理由で,民法の意義の範囲から排除されてしまうのは妥当か,という疑問であり,第2に,民法典中の規定にも罰則(民法84条,84条ノ2など)のように他の規定と性格を異にするものがあるが,これをも民法の意義の中に含めるのは適切か,という疑問である。

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大辞林 第三版の解説

みんぽう【民法】

個人間の財産上・身分上の関係など、市民相互の関係について規定する私法の一般法。
私法全体の一般的規定を定める法典。1896年(明治29)公布の総則・物権・債権、98年公布の親族・相続の五編からなる。親族・相続の二編は1947年(昭和22)新憲法のもとで、従来の家族制度に基づく規定から個人の尊重と男女平等に基づく規定に全面改正された。民法典。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

民法
みんぽう

市民生活における市民相互の関係、つまり財産関係(売買・賃貸借・不法行為など)と家族関係(夫婦・親子・相続など)を規律する法をいう。財産関係を規律する法がすべて民法であるわけではなく、会社などの企業制度や手形などの商業的取引に関しては商法が、また、労働関係については労働法が、それぞれ独自に発達しており、民法から独立した領域を形成している。したがって、民法は、これらの法の領域を除いた財産・家族に関する領域を規律するものであるといえるが、商業的取引や労働関係でも商法や労働法に規定がない場合には民法が適用されるから、その点において、民法は財産・家族に関する基本的な法(一般法)であるといえる。
 民法ということばは、「民法」という名の法典をさす場合もある。両者を区別するために、前述した意味での民法を実質的意味での民法、民法という名の法律を形式的意味での民法と使い分けることもある。実質的な意味での民法は、民法という名の法律(民法典)だけで成り立っているわけではない。不動産登記法、戸籍法など民法典がその存在を予定している法律や、借地借家法のように民法典の周辺を規定する法律などの多くの法律が、実質的な意味での民法に属する。そのほか、実質的な意味での民法に属するものには、譲渡担保のように判例だけで成り立っているものもある。[高橋康之・野澤正充]

民法典

日本では明治初年ごろから、箕作麟祥(みつくりりんしょう)がフランス民法典の翻訳を行うなど、ヨーロッパに倣って民法典をつくろうとする試みがなされてきたが、1887年(明治20)前後から不平等条約改正のために民法典の編纂(へんさん)が急務であるという機運が高まった。そこで政府は、フランスの法学者ボアソナードを主任として民法典の編纂に従事させた。ボアソナードが起草した民法典は1890年に公布され、1893年から施行される運びに至った。この民法典は、おおよそフランス民法典(ナポレオン法典)に倣ったものであったが、国情にあわないから実施を延期すべきだとする反対論が公布直後から主張され、実施論者との間に有名な論争(法典論争)がおこった。結局、この民法典は実施されることなく終わった。この民法典は「旧民法」とよばれる。
 1893年に新たに法典調査会が設置され、穂積陳重(ほづみのぶしげ)、富井政章(まさあきら)、梅謙次郎が起草委員となり、現行民法が起草された。その過程では、ドイツ民法の第一草案が参考とされ、編別などはドイツ民法の方式に倣った。そのため、第二次世界大戦ごろまでは、日本の民法典はドイツ民法の圧倒的な影響のもとにあると考えられていた。しかし戦後の研究では、民法典の起草にあたっては世界中の多くの国の法律が参照されたこと、また、法典の内容についていえば、確かにドイツ民法草案の影響は強いものの、旧民法の内容が表現を変えて維持されている(したがってフランス民法典の影響が残っている)部分もかなり多いことが明らかにされている。
 この民法典は、総則、物権、債権、親族、相続の5編からなり、前の3編は1896年4月に、後の2編は1898年6月にそれぞれ公布され、ともに1898年7月16日から施行された。
 第二次世界大戦以前には、時代の新しい必要にこたえるために特別法が制定され、それによって民法が実質的に修正されることはあっても、小さな修正を除けば民法典そのものが修正されることはなく、民法典はほとんど制定当時のままの姿を維持していた。封建的な家族制度を基調とする親族・相続の2編は、戦後に日本国憲法が制定されると、その根本原理である個人の尊厳と両性の本質的平等に正面から衝突することとなった。そこで、1947年(昭和22)この2編は全面的に改正された。したがって、現在の形式的意味での民法は、明治時代に制定された財産法の部分と戦後制定された家族法の部分からなっており、戦後改正される以前の家族法の部分はとくに「明治民法」とよばれることがある。[高橋康之・野澤正充]

法典法国と判例法国

世界で最初に近代的な民法典をもったのはフランスで、フランス民法典(1804)は19世紀を通じて民法典の模範とされてきた。明治政府がフランスの法学者に民法典編纂を依頼したのは単なる偶然ではなく、また、当時はフランス民法典を翻訳したものをそのまま日本民法にしてしまおうという考えさえあった。19世紀末から20世紀初頭にかけて、ドイツ民法典(1896)、スイス民法典(1907)などが制定され、新しい時代の民法典として、日本民法にも大きな影響を与えた。このような法典法国(成分法国)に対してイギリスやアメリカは判例法国であり、裁判所の判決例が積み重ねられることにより、おのずから法律がつくられるというたてまえになっている。そのため、イギリスやアメリカには統一的な民法典はないが、これらの国も制定法がないわけではなく、特殊な問題について特別な法律(「動産売買法」「離婚法」など)をつくるというやり方をとっている。そしてこのような制定法はしだいに増加し、その重要度を増している。他方、日本、フランス、ドイツのような古くからの法典国では、条文の隙間(すきま)を埋めるため、あるいは古くなった条文に適合しない事態に対応するために、裁判所の判例を活用する場合が広がってきている。[高橋康之・野澤正充]

民法の基本原理

日本民法は、19世紀以降の西欧における市民社会を背景として成立した近代市民法を受け継いだので、古典的市民社会のイデオロギーがその骨格をなしている(現行民法→旧民法→ナポレオン法典→フランス革命と源流をたどることができる)。このような性格をもつ日本民法の基本原理として、一般に次のものがあげられる。
(1)すべての人は、階級や職業の別なく、等しく権利をもつことができる(権利能力平等の原則)。
(2)市民生活とくに財産取引については、各人が自由意思に基づいて法律関係をつくることができ、国家はみだりに干渉すべきではない(私的自治の原則、契約自由の原則)。
(3)所有権は、国家の法よりも先に存在する不可侵な権利である(所有権絶対の原則)。
(4)他人に損害を加えたことによって損害賠償の責任を負わされるのは、加害者に故意か過失があった場合に限られる(過失責任の原則)。
 これらの原則は、基本的にはその後も維持されてはきたものの、市民社会が変貌(へんぼう)するにつれて当然ながら修正を余儀なくされてきた。今日では、私的自治の原則は経済的弱者を守るために制限され、所有権は公共の福祉のために制約を受け、そして、過失がない場合にも損害賠償の責任を負わされる場合が多くなるなど、前記の基本原理は昔のままの形ではもはや存在しないといってよい。[高橋康之・野澤正充]

第二次世界大戦後の民法の動向

第二次世界大戦直後の親族・相続2編の大改正の後は、それに匹敵するような改正は行われていない。1971年(昭和46)の根抵当に関する規定の新設(判例法を成文化したもの)、1980年の配偶者相続分の改正がおもなものであった。しかし、1999年(平成11)に行われた成年後見に関する立法はかなり規模の大きい改正であり、さらに、1996年に公表された改正要綱案は、夫婦の選択的夫婦別姓制度の採用や嫡出でない子の差別撤廃などを含んでいて、これらの人の身分、あるいは家族関係に関する分野では、注目すべき動きがみられる。これに反して、財産法の分野では、新しい制度は民法典外の特別法でつくられることが多い。日常生活に関係の深い法律として、自動車損害賠償保障法(1955)、借地借家法(1991)、製造物責任法(1994)、消費者契約法(2000)などがある。
 その後の規模の大きい改正としては、2004年(平成16)12月公布(2005年4月施行)の「民法の一部を改正する法律」により民法第1編~第3編の現代語化(口語化)が実現したことがあげられる。また同改正法により、保証については、保証人の意思を明確化するために、保証契約の成立に書面を要求する規定(民法446条2項)、貸金等根保証契約についての保証人の責任を制限する規定(同法465条の2~465条の5)が新設された。さらに、2009年には、民法(債権法)を抜本的に改正するための法制審議会が設置された。[高橋康之・野澤正充]

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