江戸後期の画家。江戸下谷根岸に生まれた。通称文五郎。写山楼,画学斎などの号がある。父は田安家の家臣で,詩人としても名のあった谷麓谷。10歳のころから狩野派の加藤文麗に絵を学ぶが,19歳のころ,南蘋(なんぴん)派の渡辺玄対に師事した。1788年(天明8)田安徳川家に出仕して五人扶持となり,同年長崎に遊学して清人張秋谷に文人画を学んだ。92年(寛政4)には白河侯松平定信付となり,翌年3月から4月にかけ定信の江戸湾岸巡視に随従して《公余探勝図》を制作した。遠近法を採用し,描線は銅版画のそれに倣い,明暗法を多用するなど,西洋画学習の成果がみられる。また96年には定信の命を受け《集古十種》編纂のため,畿内の古社寺に所蔵されている古書画類の調査と模写を行った。このころから精力的に旅をし,多くの文人墨客と交わって知己を得る。木村兼葭堂を知るのもこのころであり,やがて田能村竹田が文晁の門をたたき,亀田鵬斎や酒井抱一,市河米庵,菅茶山,立原翠軒,大田南畝(蜀山人)といった人たちとの交流がみられる。文晁は多作家ではあったが,なかでも寛政期(1789-1801)には特に南宗,北宗(南宗画,北宗画)の両画風を合わせた静謐な作風が目をひき,一般に〈寛政文晁〉と呼ばれて,画業の中の一時代を画している。山水画を中心に花鳥画や肖像画も手がけ,また《歴代名公画譜》《本朝画纂》《画学叢書》《日本名山図会》《写山楼画本》《文晁画譜》等の著作もある。文晁の門からは竹田のほか,立原杏所,渡辺崋山,高久靄厓(たかくあいがい)などのすぐれた画家も輩出した。なお妻の林氏(幹々(かんかん)),その妹の秋香,紅藍らも女流画家として知られた。
執筆者:佐々木 丞平
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江戸後期の南画家。名は正安。通称は文五郎。字(あざな)、号ともに文晁といい、別に写山楼(しゃざんろう)、画学斎(ががくさい)などと号した。田安家の家臣で詩人としても著名な麓谷(ろっこく)を父として江戸に生まれた。画(え)は初め狩野(かのう)派の加藤文麗(ぶんれい)に、ついで長崎派の渡辺玄対(げんたい)に学び、鈴木芙蓉(ふよう)にも就いた。大坂で釧雲泉(くしろうんせん)より南画の法を教授され、さらに北宗画に洋風画を加味した北山寒巌(きたやまかんがん)や円山(まるやま)派の渡辺南岳(なんがく)の影響も受けるなど、卓抜した技術で諸派を融合させた画風により一家をなした。なかでも『山水図』(東京国立博物館)のように北宗画を主に南宗画を折衷した山水に特色があり、また各地を旅行した際の写生を基に『彦山(ひこさん)真景図』や『鴻台(こうのだい)真景図』などの真景図や『名山図譜』を制作、『木村蒹葭堂(けんかどう)像』のような異色の肖像画も残している。1788年(天明8)画をもって田安家に仕官し、92年(寛政4)には松平定信(さだのぶ)に認められてその近習(きんじゅ)となり、定信の伊豆・相模(さがみ)の海岸防備の視察に随行して、西洋画の陰影法、遠近法を用いた『公余探勝(こうよたんしょう)図巻』を描き、また『集古十種』の編纂(へんさん)にも従って挿図を描いている。弟の島田元旦(げんたん)も画をもって鳥取藩に仕え、妻の幹々(かんかん)や妹秋香(しゅうこう)も画家として知られている。門人も渡辺崋山(かざん)、立原杏所(たちはらきょうしょ)、高久靄崖(たかくあいがい)らの俊才に恵まれ、当時の江戸画壇の大御所として君臨した。文晁を中心とする画派は関西以西の南画とは画風を異にし、通常、関東南画として区別されている。著書に『文晁画談』『本朝画纂(ほんちょうがさん)』などがある。
[星野 鈴]
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1763.9.9~1840.12.14
江戸後期の南画家。父は田安家家臣で詩人の谷麓谷(ろくこく)。名・字・号ともに文晁。別号に写山楼など。江戸生れ。画ははじめ狩野派の加藤文麗(ぶんれい)らに学び,北山寒巌(かんがん)・渡辺南岳らの影響をうける。古画の模写と写生を基礎に南宗画・北宗画・洋風画などを加えた独自の折衷的画風をうみ,関東の南画様式を確立。田安家に仕官,さらに松平定信に認められ近習となる。「集古十種」の編纂に従事するなどして社会的地位をえ,江戸画壇に君臨して多くの弟子をもった。寛政文晁とよばれる時期の作品は滋潤な墨色と清新な画風で評価が高い。作品「木村蒹葭堂(けんかどう)像」「公余探勝図巻」(ともに重文)「隅田川鴻台真景図巻」「松島暁景図」。
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