蜷田村(読み)になたむら

日本歴史地名大系 「蜷田村」の解説

蜷田村
になたむら

[現在地名]小倉南区蜷田若園になたわかぞの一―三丁目・南若園町みなみわかぞのまち八重洲町やえすまち湯川新町ゆかわしんまち二―四丁目・横代北町よこしろきたまち一―二丁目・横代東町よこしろひがしまち一―二丁目

水町みずまち村の南、足立あだち山南西麓に位置し、竹馬ちくま川の上流にあたる。延元三年(一三三八)一二月八日の宮三位中将家御教書(広福寺文書/南北朝遺文(九州編)一)によれば、宮三位中将家領の「規矩郡蜷田郷」内の田地屋敷と豊後国津江つえ兵藤ひようど(現大分県上津江村)との交換を大智のとおりに任せて承認している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む