蟻ヶ原村(読み)ありがはらむら

日本歴史地名大系 「蟻ヶ原村」の解説

蟻ヶ原村
ありがはらむら

[現在地名]鹿島町蟻ヶ原

有ヶ原・在ヶ原(二宮区有文書)とも記す。二宮(にのみや)川の水源地帯で、西は芹川(せりかわ)村原山(はらやま)分、石動(せきどう)山荒山(あらやま)口参道沿いで山麓の二宮村まで一里足らず。慶安四年(一六五一)二宮村の内を越中国射水(いみず)郡宇波(うなみ)村(現富山県氷見市)の助右衛門が開いたことに始まる(「十村手鑑」真館文書)。

寛文一〇年(一六七〇)の村御印(蟻ヶ原区有文書)の高四三石、免三ツ。同一一年石動山院と二宮村間に蟻ヶ原地籍に関する山争いが起き、百姓持山・田畠・畦刈りに至るまで差障りが生じ村民は退散した(「石動山村々争論一件」真館文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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