衣羽神社(読み)えばじんじや

日本歴史地名大系 「衣羽神社」の解説

衣羽神社
えばじんじや

[現在地名]中区江波南一丁目

江波えば島東南海岸部に広島城下建設以前より鎮座した社で、「安芸国神名帳」佐東さとう郡に「衣羽明神」と記される社に比定される。祭神市寸島比売命・多紀理比売命・多岐都比売命。旧村社。江波島を古くは長門ながと島と称したことにより一名長門明神ともいったというが(芸藩通志)、鎌倉時代中期のものとされる安芸国衙領注進状(田所文書)の「己斐村十九町二段六十歩」のなかに「衣波社免二反」の記載がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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