袴塚村(読み)はかまつかむら

日本歴史地名大系 「袴塚村」の解説

袴塚村
はかまつかむら

[現在地名]水戸市袴塚一―三丁目・曙(あけぼの)町・上水戸(かみみと)三―四丁目・愛宕(あたご)町・文京(ぶんきよう)一丁目・末広(すえひろ)町三丁目

水戸城下の西に位置する。村の大部分は上市(うわいち)台地上にあるが、東北隅は急坂を下り那珂川に臨む。東南は常葉(ときわ)村に接し、那須街道が村の中ほどを東西に貫く。

「新編常陸国誌」に「中古ニハ、コノ常石郷ヲ分チテ、常葉、宇木〔或ハ浮、又宇喜〕、袴塚〔或ハ袴墓〕ノ三郷トナリ、吉田郡ニ入ル」とある。建仁二年(一二〇二)の吉田社領家小槻某預所三善清信下文写(吉田神社文書)に「袴墓郷」とみえる。中世には常陸大掾馬場資幹の三男親幹が袴塚三郎と称し、この地を支配した(水府地理温故録)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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