裏ノ町(読み)うらのまち

日本歴史地名大系 「裏ノ町」の解説

裏ノ町
うらのまち

[現在地名]福知山市字裏ノ

福知山城下の武家地西南隅の一帯で、南と西側は竹藪と土塁、その外側は外堀、東側は内堀を挟んで十六軒(じゆうろつけん)町、北は武家地の中(なか)ノ町(まち)に接する。

主として下級武士の居住地で、南北に二筋の町筋があり、東側の筋は北半が御徒士町(おかちまち)、南半が袋(ふくろ)町とよばれた。西側の筋は狭義の裏ノ町とよばれ、その南は曲折して城下南西の榎原(えばら)口門に通じていた。

有馬豊氏時代(慶長―元和)の福智山城之絵図では後世裏ノ町と称された地域の西北隅、中ノ町の木村(きむら)口門を入って南側に「寺屋舗」とあり、のちの御徒町の筋は「細工町」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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