西三条獄門跡(読み)にしさんじようごくもんあと

日本歴史地名大系 「西三条獄門跡」の解説

西三条獄門跡
にしさんじようごくもんあと

[現在地名]中京区壺屋町

西洞院三条にしのとういんさんじようにあった獄門で、嘉吉の乱で将軍義教を殺した赤松満祐播磨で自殺の後、京都に送られた首がこの西洞院三条の獄門樹にさらされた。「嘉吉軍記」は嘉吉元年(一四四一)九月二一日のこととして

<資料は省略されています>

とある。これによると、西三条獄門はこのとき赤松満祐などの首をさらすために造られたということになる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む