西之町(読み)にしのちよう

日本歴史地名大系 「西之町」の解説

西之町
にしのちよう

[現在地名]貝塚市西(にし)町・北(きた)町・南(みなみ)町

貝塚寺内の町区画の一つで、北之町の南にあり、東は中之(なかの)町・近木之(こぎの)町。嘉永三年(一八五〇)の人数八九六人、同年貝塚御坊が窮民に施粥をしたとき申出た家はわずかに三軒・九人であった(同年「御執次方日録」卜半家文書)。明治二年(一八六九)の家数一七二・人数六六七(「明治二年日記」同文書)。小字に本町(ほんまち)・吉川町(よしかわちよう)・紺屋町(こんやちよう)・清水(しみず)がある(慶応四年「卜半従来仕来之覚」同文書)。


西之町
にしのちよう

東山区新門前通大和大路東入

新門前通の西端にあたり、この町名がある。西は縄手(なわて)通(大和大路(やまとおおじ))、東は白(しら)川。町名は延宝二年(一六七四)四方洛外町続之町々小名之覚(荻野家文書)にみえるから新門前通開通以来のものと思われる。正徳四年(一七一四)の洛外町続町数小名并家数改帳(荻野家文書)によれば、家数三五軒。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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