日本歴史地名大系 「西保下村」の解説 西保下村にしぶしもむら 山梨県:東山梨郡牧丘町西保下村[現在地名]牧丘町西保下(にしほしも)倉科(くらしな)村の西、鼓(つつみ)川沿いに位置し、西部に小田野(おだの)山(八八三メートル)がある。西に続く西保中村・牧平(まきだいら)村・西保北原(にしぶきたばら)村とともに西保入四ヵ村と称された。枝郷に馬場(ばんば)・宮(みや)ノ下(した)・小田野・谷(やつ)・来居(きたい)・辻屋(つじや)・法喩庵(ほうゆあん)・笠原(かさはら)がある(甲斐国志)。中世は西保郷に含まれた。慶長二年(一五九七)正月二〇日の浅野家証文写(「古文書雑集」若尾資料)に「西保下村」とみえ、「西保中村之内八幡郷分」の山手一貫文について、西保中村は山が荒れたのを理由に前々年分の年貢を納めなかったため、西保山を西保下村に渡すこととされ、当村の武藤久左衛門ら四人は前年分の年貢を納めるよう命ぜられている。同六年閏一一月二日の平岩親吉証文写(同資料)によると、西保山の年貢永一貫文が見分の結果、籾一七俵に改められ、西保上下名主中に申渡されている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by