西勝寺村(読み)さいしようじむら

日本歴史地名大系 「西勝寺村」の解説

西勝寺村
さいしようじむら

[現在地名]福光町川西(かわにし)

松木(まつのき)村の西、北東流する明神(みようじん)川西岸にある。村名は地内にあった臨済宗最勝(さいしよう)寺に由来するという。慶長一一年(一六〇六)には「西勝寺村」の肝煎・惣百姓中に、同所の免定を四ツ五分とする岡島一吉の判物(春日社文書)が与えられた。元和五年(一六一九)の家高新帳によれば広瀬組に属し、役家数八。正保郷帳では高三四一石余、田方二〇町五反余・畑方二町二反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では西正寺(さいしようじ)村とあり、草高三七三石、免五ツ九歩、小物成は山役六九匁(三箇国高物成帳)。延宝二年(一六七四)以降、西勝寺村と記す(「礪波郡村村之内文字并村名唱替申分相しらべ書上申帳」川合家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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