西善養寺村(読み)にしぜんようじむら

日本歴史地名大系 「西善養寺村」の解説

西善養寺村
にしぜんようじむら

[現在地名]前橋市西善町(にしぜんまち)

那波(なは)郡に属し、東は中内(なかうち)村、南は藤川(ふじかわ)村(現佐波郡玉村町)、西の藤川対岸は群馬郡房丸(ぼうまる)村、北は矢田(やた)村。もと善要治村と称し、東善養寺村と一村で、善太夫・要助・治兵衛が村を開いたための村名という。長寛二年(一一六四)善養寺村と改め、東西に分村したという。また時代は不明だが、両家(りようけ)・矢田・横堀(よこぼり)各村を分村と伝える(郡村誌)。寛文郷帳に西禅養寺村とあり、田方一千五八八石四斗余・畑方二八一石四斗余と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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