西宮勤番所跡(読み)にしのみやきんばんしよあと

日本歴史地名大系 「西宮勤番所跡」の解説

西宮勤番所跡
にしのみやきんばんしよあと

[現在地名]西宮市戸田町

近世西宮町を管轄するための大坂町奉行役人詰所。六湛寺ろくたんじ川西岸、現戸田とだ公園の辺りにあった。明和六年(一七六九)の上知により西宮町は尼崎藩領から幕府領となった。藩治時代には同所に尼崎藩西宮陣屋が置かれ、家中の平士と足軽が駐在して町政全般をつかさどっていたが、幕府領への編入に伴い改築されて西宮勤番所となり、町方いっさいのことは大坂町奉行の管轄となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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