西宮城跡(読み)にしのみやじようあと

日本歴史地名大系 「西宮城跡」の解説

西宮城跡
にしのみやじようあと

[現在地名]平群町大字西宮

平群神社北側の丘陵に所在。民家の存在している土地より二五メートルほど高い標高八一メートルの地点に、二つの東西隅櫓跡と郭が、平群神社後背に東西四〇メートル、深さ約一二メートルの空堀などが残る。丘陵北端近くに郭跡・出郭跡等の存在したことが認められるから、椿井つばい城のように南北二つの丸からなっていたと推定される。付近に城畑しろばたケ・古城ふるんじようの小字が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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