日本歴史地名大系 「西ノ宮村」の解説 西ノ宮村にしのみやむら 奈良県:桜井市大福地区西ノ宮村[現在地名]桜井市大字西之宮(にしのみや)大福村西方の初瀬(はせ)街道街村。三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)に「松南院負所田地 康正二年十月四日検帳(中略)二反 アト田 西宮ノ二町地ニアリ」とみえる「アト田」は小字跡田(あとだ)として残る。文禄四年(一五九五)の和州十市郡西宮村御検地帳(川合家文書)の村高三五八・六三石。段別二四町二段四畝。検地奉行は長束直吉。慶長郷帳には「西宮村」とみえ、一五一・一八石が旗本水野守信領、一〇七・一七石が幕府領(代官角南重勝)、一〇〇・二八石が旗本佐藤忠継領の三給村。水野・佐藤氏領は明治維新まで変化がなかったが、幕府領は元和五年(一六一九)津藩(藤堂高虎)領に編入され、廃藩置県に及んだ。 西ノ宮村にしのみやむら 奈良県:生駒郡平群町西ノ宮村[現在地名]平群町大字西宮(にしのみや)竜田(たつた)川西岸、若井(わかい)村東方に位置。村名は平群神社の俗称西宮に由来。慶長郷帳には「西之宮村」とあり、村高二五七・七四石。慶長六年(一六〇一)竜田藩(片桐且元)領。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報