西岩下村(読み)にしいわしたむら

日本歴史地名大系 「西岩下村」の解説

西岩下村
にしいわしたむら

[現在地名]韮崎市一ッ谷ひとつや

河原部かわらべ村の北西、韮崎台地(七里岩台地)の崖下にあり、釜無川左岸の氾濫原を占める。甲州道中が通り、北は祖母石うばいし村。村名は崖下に位置し、また同じ巨摩郡内で東方のしお川左岸、かやヶ岳山麓崖下に岩下村があるためという。慶長六年(一六〇一)検地帳(県立図書館蔵)には「西岩下之郷」とみえ、反別は麦田五反余・上田一反余・中田五反余・下田六反余・下々田五反余、中畑一反余・下畑三反余・下々畑一町五反余、屋敷一反余で、永荒地二町余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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