祖母石村(読み)うばいしむら

日本歴史地名大系 「祖母石村」の解説

祖母石村
うばいしむら

[現在地名]韮崎市上祖母石かみうばいし下祖母石しもうばいし

西岩下にしいわした村の北西、韮崎台地(七里岩台地)の崖下、釜無川左岸の氾濫原に位置する。北東駒井こまい村・中条なかじよう村など。村名は集落の北部にある巨石姥婆うば石によるという。甲州道中が縦断する。慶長古高帳では祖母石新田とみえ高九七石余、三枝土佐守領とあるが、寛永元年(一六二四)の四郡村高帳では幕府領とある。寛文六年(一六六六)検地帳(四冊のうち一冊を欠く、県立図書館蔵)によると高九五石余、反別は中田八反余・下田二町五反余・下々田六町六反余、中畑四反余・下畑五反余・下々畑四町余・山畑一町八反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む