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西川藤吉 にしかわ とうきち

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西川藤吉 にしかわ-とうきち

1874-1909 明治時代の真珠研究家。
明治7年3月17日生まれ。御木本幸吉(みきもと-こうきち)の娘婿。農商務省技師。人工的に真円真珠を形成させる方法を研究し,その技術を完成。現在の真円真珠養殖の基礎をつくった。明治42年6月22日死去。36歳。大阪出身。東京帝大卒。

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朝日日本歴史人物事典の解説

西川藤吉

没年:明治42(1909)
生年:明治7.3.17(1874)
明治期の農商務省技師。真円真珠養殖法を開発した。大阪市生まれ。新助の3男。明治30(1897)年,東京帝大理科大学を卒業。同38年,従来の半円真珠技術を克服して,世界初の真円真珠の養殖に成功,その後の真珠養殖技術の基礎を作った。御木本幸吉の次女みねと結婚したが,御木本とは対立して技術を渡すことを拒否した。その結果,西川の後継者によって開発された技術を含めて,御木本による技術独占を不可能とさせ,その後における真珠養殖業の競争的発展に寄与したとされている。癌のため36歳で死去。<参考文献>浦城晋一『真珠の経済的研究』

(加瀬和俊)

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世界大百科事典内の西川藤吉の言及

【真珠】より

…この特許願の中で見瀬は,核を挿入する際に外套膜の上皮細胞をいっしょに挿入することが真円真珠を作るために重要であると述べ,真珠の形成にとって真珠袋を作らせる細胞が必要なことを明確にしている。同じころ,御木本幸吉の女婿西川藤吉も一連の特許出願を行い,その中で外套膜の1片を切り取り真珠袋を作らせるという,現在の挿核技術の基本をなす原理を述べている。見瀬辰平の方法を誘導式,西川藤吉のそれをピース式と呼ぶ。…

※「西川藤吉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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