西方寺跡(読み)さいほうじあと

日本歴史地名大系 「西方寺跡」の解説

西方寺跡
さいほうじあと

[現在地名]鎌倉市極楽寺二丁目

極楽寺坂ごくらくじざか切通北側付近に堂宇を構え、極楽寺の塔頭四九院の一つであったという。「風土記稿」所載の極楽寺古絵図(室町末―江戸初期)には門前の稲荷明神下に寺名がみえ、同極楽寺中古絵図(年未詳)では「西方寺屋敷今無」とある。その後、切通の拡張に伴い寺域の景観が変化した。正和三年(一三一四)一一月一四日の浄光明寺住持高恵等連署起請文写(県史二)に当寺住僧導也の署名がみえ、「金沢文庫古文書」の題未詳文書に「元徳二年正月卅日、於西方寺書写也」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

昆虫綱半翅目(はんしもく)同翅亜目セミ科Cicadidaeの昆虫。体長は雄32~39ミリメートル、雌23~28ミリメートル。体は黒色で、茶色や緑色の斑紋(はんもん)がある。雄の腹部は大きく、空洞で、発...

ヒグラシの用語解説を読む