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上杉憲方 うえすぎ のりかた

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

上杉憲方 うえすぎ-のりかた

1335-1394 南北朝時代の武将。
建武(けんむ)2年生まれ。上杉憲顕の子。康暦(こうりゃく)元=天授5年兄憲春の跡をつぎ関東管領となり,およそ15年つとめる。鎌倉公方足利氏満をたすけ,上杉朝宗とともに小山義政・若犬丸親子をほろぼす(小山氏の乱)。上野(こうずけ)(群馬県)・武蔵(むさし)・伊豆(いず)の守護職を山内上杉家の家督分として確立。鎌倉明月院をたてた。応永元年10月24日死去。60歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

上杉憲方

没年:応永1.10.24(1394.11.17)
生年:建武2(1335)
南北朝・室町時代の武将。関東管領。憲顕の子。安房守。父憲顕に従って成長し,その死後は兄弟の能憲・憲春と共に公方足利氏満を補佐。康暦1/天授5(1379)年に憲春の跡を継いで関東管領となり,武蔵・上野・伊豆の守護を兼ねる。翌年には下野の小山義政討伐の大将として出陣し,永徳2/弘和2(1382)年にこれを滅ぼした。一時期辞任していたこともあるが,結局15年の長きにわたって管領の職にあり,鎌倉府の政務を主導した。鎌倉北辺の山内に住んでいたといい,憲方の流れを山内上杉氏と呼ぶが,この家の基礎は憲方の代に固まったといえよう。

(山田邦明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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