西横手村(読み)にしよこてむら

日本歴史地名大系 「西横手村」の解説

西横手村
にしよこてむら

[現在地名]高崎市西横手町

利根川右岸崖際に位置する。南は宿横手(しゆくよこて)村、西は島野(しまの)村、北は萩原(はぎわら)村。群馬郡に属し、寛文郷帳では宿横手村とともに横手村に含まれた。正徳年間(一七一一―一六)植野堰最初掘立御普請書(武井文書)によると、西横手村高一五〇石が天狗岩(てんぐいわ)用水懸りであった。寛延二年(一七四九)高崎宿加助郷となり、高一五〇石余のうち一一五石が勤高(更正高崎旧事記)。天明三年(一七八三)浅間焼被害明細書上(小林文書)によると高崎藩領で、田方七二石余・畑方七八石余。利根川から砂泥が押寄せ、また降砂のため被害は大きく、作物はほぼ全滅したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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