西生来村(読み)にしようらいむら

日本歴史地名大系 「西生来村」の解説

西生来村
にしようらいむら

[現在地名]近江八幡市西生来町・末広町すえひろちよう

友定ともさだ村の東にある。集落は村のほぼ中央を通る中山道沿いに発達。南の八風はつぷう街道沿いには枝郷の久保くぼがある。久保の南は平田ひらた(現八日市市)、東は西老蘇にしおいそ(現蒲生郡安土町)。当地辺りから東方一帯は古くからの原野蒲生野がもうので、江戸時代にも一部が原野のまま残り、当村をはじめ周辺諸村の入会地となっていた(村田文書)。天正一九年(一五九一)四月、豊臣秀吉徳川家康に西生来の高九一〇石など近江国内で都合九万石を与えている(「徳川家康知行目録写」大谷文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む