西用田村(読み)にしもちだむら

日本歴史地名大系 「西用田村」の解説

西用田村
にしもちだむら

[現在地名]大田市長久町長久(ながひさちようながひさ)

東用田村の西に位置し、北は鳥越(とりごえ)村。中世は用田郷に含まれた。寛永二〇年(一六四三)吉永藩が成立するとき用田村が東・西に二分され、当村は石見銀山領として残された(観聴随筆)。正保国絵図に二村みえる用田村のうち西側に描かれたのが当村で、高一六五石余。元禄一〇年(一六九七)の石見銀山領村々覚によると田方一五七石余・畑方八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む