鳥越(読み)とりごえ

日本歴史地名大系 「鳥越」の解説

鳥越
とりごえ

千束せんぞく郷の南部にあった村名。もとは小高い丘陵をなしていたが、江戸時代初頭に蔵前くらまえの河岸造成のための土取場として削平されたという。鎮守の鳥越明神社は日本武尊を祭神とし、一説に平将門の霊を祀るともいう。鎌倉―南北朝時代には石浜江戸氏の所領であったとみられ、貞和二年(一三四六)には江戸重通石浜いしはま・「墨田波」・鳥越三ヵ村の所領をめぐって石浜弥太郎(江戸政重か)を鎌倉府に訴えている(同年九月八日「高重茂奉書」正宗寺文書)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「鳥越」の意味・わかりやすい解説

鳥越(石川県)
とりごえ

石川県南部、石川郡にあった旧村名(鳥越村(むら))。1949年(昭和24)までは能美(のみ)郡に属した。2005年(平成17)松任(まっとう)市、石川郡美川(みかわ)町、鶴来(つるぎ)町、河内(かわち)村、吉野谷(よしのだに)村、尾口(おぐち)村、白峰(しらみね)村と合併し、白山市(はくさんし)となり、市の中央部を構成する。国道157号が南北に走り金沢市へ通じ、東西に国道360号が走っている。旧村域の東部を手取(てどり)川が、中央を支流大日(だいにち)川が北流し、河合(かわい)地区で合流する。旧村域の大部分山地で占められる。大日川右岸の鳥越城跡(国指定史跡)は、中世末に一向一揆(いっこういっき)の最後の砦(とりで)となったところ。中心地区の別宮(べっく)には白山別宮神社がある。林業米作農業のほか、陶石砂利を産し、機械工場も進出する。手取峡谷、手取温泉、大日川ダム、鳥越大日スポーツランドがある。

[矢ヶ崎孝雄]

『『石川県鳥越村史』(1972・鳥越村)』



鳥越(東京都)
とりごえ

東京都台東区(たいとうく)南部の地区。地名由来は、1051年(永承6)源頼義(よりよし)・源義家(よしいえ)が前九年の役の際ここに陣を構えたが、周りは海で兵を進めることができなかった、たまたま鳥が飛び立って浅瀬を教えてくれたという伝説にちなむといわれる。そのとき、神の加護を信じ、白鳥大明神鳥越神社と改称。神社は浅草寺(せんそうじ)とともに下町の人々に親しまれ、6月の夜祭は壮観である。一帯は卸売業の多い商業の地で、浅草橋、蔵前(くらまえ)に接する。南に蔵前橋通り、西に清洲(きよす)橋通りがある。

[沢田 清]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「鳥越」の意味・わかりやすい解説

鳥越
とりごえ

石川県南部,白山市中央の旧村域。白山山系の北西斜面にあり,手取川の支流大日川に沿う。1907年別宮村,河野村,吉原村の 3村が合体して鳥越村が成立。2005年松任市,美川町,鶴来町,河内村,吉野谷村,尾口村,白峰村と合体して白山市となった。名称は国指定史跡鳥越城跡にちなむ。南西部は鷲走ヶ岳,荒倉岳,大倉岳の山々をかかえ,大日川が中央部を北流,平行して手取川が北東部を流れている。手取川沿いでは米作を主に,木材,木炭などの製材業も行なわれ,陶石の産地として有名。手取温泉,手取峡谷の景勝地があり,獅子吼高原とともに獅子吼・手取県立自然公園に指定されている。南部に大日川ダムがある。

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改訂新版 世界大百科事典 「鳥越」の意味・わかりやすい解説

鳥越 (とりごえ)

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