西院瀬見村(読み)にしいぜみむら

日本歴史地名大系 「西院瀬見村」の解説

西院瀬見村
にしいぜみむら

[現在地名]井波町院瀬見

東城寺(とうじようじ)村の西、沖(おき)村の南、大寺(おおでら)山北西山麓に立地。西境を干谷(ひたに)川が北流。もと伊勢見・院宣見とも記し、江戸初期には東院瀬見・西院瀬見の二村からなっていたが、延宝二年(一六七四)以降両村を合せて西院瀬見村と称した(「村々之内村名唱替等調書上申帳」川合家文書)。「拾遺蓮如上人御一代記聞書」に「越中州利波郡井蝉庄之内、井波村瑞泉寺」とみえる井蝉(いぜみ)庄に比定される。天正一三年(一五八五)一〇月一四日の前田利勝請取状(遺編類纂)に「伊勢ミ村」とみえ、河上蔵米のうちとして一貫三三〇目を綿で納めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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