大寺(読み)ダイジ

デジタル大辞泉の解説

だい‐じ【大寺】

規模の大きな寺院。主に維持費などが国から支給された官寺をいう。大刹(たいさつ)。おおでら。

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大辞林 第三版の解説

だいじ【大寺】

規模の大きな寺。おおでら。大刹たいさつ

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精選版 日本国語大辞典の解説

おお‐でら おほ‥【大寺】

[1] 〘名〙 規模または構造の大きい寺。大伽藍(だいがらん)。⇔小寺(こでら)
※万葉(8C後)四・六〇八「相思はぬ人を思ふは大寺(おほてら)の餓鬼のしりへに額づくごとし」
[2] 京都市伏見区下鳥羽にあった勝光明院の俗称。北殿御堂。
※平家(13C前)三「おほ寺のかねの声」

だい‐じ【大寺】

〘名〙 構造や僧侶の数など規模の大きな寺院。主として堂塔の修理費や衆僧の供養料が国より支給された官寺。おおでら。
※日本略記(1596頃か)「此の四箇之大寺は、天下の御祈所にて、内裏の御祈祷所也」 〔法苑珠林〕

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世界大百科事典内の大寺の言及

【磐梯[町]】より

…磐梯山の南西麓に位置し,JR磐越西線が通じる。平安初期に徳一によって開かれたと伝える慧日(えにち)寺の境内地が,ほぼ現在の町域であり,その門前町として発達した大寺(おおてら)が中心集落である。慧日寺の寺領は会津4郡に及び,東北の高野山とも称されていたが,たびたびの戦火によって,堂塔伽藍はことごとく失われた。…

【官寺】より

…律令国家建設の過程において,仏教を国家の保護統制下におくとともに,国家の安寧隆昌を祈願させた。官寺の名の初見は729年(天平1)8月〈近江国紫郷山寺〉(崇福寺)であるが,もとは国大寺とか大寺と呼ばれた。680年(天武9)4月に蘇我氏の氏寺であった飛鳥元興寺が,当時あった二,三の国大寺とともに官寺の中に入れられ,また聖徳太子の熊凝(くまごり)寺も舒明天皇のとき百済大寺となったと伝える。…

【南方仏教】より

…スリランカへの初伝は,前3世紀ころアショーカ王の子マヒンダと娘サンガミッターによって行われた。当時の王デーバーナンピア・ティッサによってアヌラーダプラに建てられた大寺(だいじ)(マハー・ビハーラ)が南方仏教の拠点となった。以後,大乗仏教をも兼学する無畏山(むいさん)寺(アバヤギリ・ビハーラ)との抗争やイスラムの侵入,またポルトガル,オランダ,イギリスの支配によるキリスト教との対決の時代を経て今日にいたっている。…

※「大寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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