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親王宣下 シンノウセンゲ

デジタル大辞泉の解説

しんのう‐せんげ〔シンワウ‐〕【親王宣下】

親王の称号を許すという宣旨を下すこと。奈良時代淳仁天皇の時に始まる。

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大辞林 第三版の解説

しんのうせんげ【親王宣下】

皇兄弟・皇子女・皇孫などに、親王の称号を許す宣旨を下すこと。奈良時代末期、淳仁天皇のときに始まる。親王宣旨。

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世界大百科事典内の親王宣下の言及

【皇族】より

…しかしその後も正史や法令にも六世王,七世王などの語が見えるので,皇胤が王名を称することは黙認されたらしい。 一方,二世王から皇位についた淳仁天皇および光仁天皇が,とくに詔して兄弟姉妹および子女を親王・内親王として以来,しだいに皇子女に親王宣下することが流例となり,親王宣下がなければ皇子女でも王にとどまることになった。その反面,二世王以下が親王宣下をうける例も生じ,ついには代々天皇の猶子あるいは養子になって親王宣下を受ける世襲親王家も成立し,令の制度は空洞化するに至った。…

【親王】より

…しかし,《続日本紀》天平宝字5年(761)の勅や《延喜式》には,議政にあずかる親王に対する季禄支給のことが定められているから,知太政官事以外にも親王が議政にあずかる場合のあったことが知られる。758年(天平宝字2)淳仁天皇即位の際に,詔によりその兄弟姉妹を親王と称せしめてから,親王宣下(せんげ)の制が行われ,皇子であっても宣下を受けてはじめて親王となり,また皇孫以下であっても宣下があれば親王となる慣行が成立した。後白河天皇の皇子以仁王は,皇子にして親王宣下を受けなかった例であり,三条天皇の皇孫たる敦貞王らが親王宣下を受けたのは,皇孫が宣下を受けた初例である。…

※「親王宣下」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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