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康富記 やすとみき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

康富記
やすとみき

中原康富記』『康富御記』ともいう。室町時代,権大外記 (げき) 中原康富の日記。応永8 (1401) ~康正1 (55) 年の記事 36巻が現存するが,途中欠落した部分も多い。当時の朝幕関係や地子頼母子徳政など社会経済の動き,絵巻物,猿楽などの記事も含まれている。

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デジタル大辞泉の解説

やすとみき【康富記】

室町中期の権大外記中原康富の日記。応永24年(1417)から康正元年(1455)に至る記事が断続して残り、内容は公家・武家の事のほか多方面にわたる。自筆本が現存。中原康富記。康富御記。

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百科事典マイペディアの解説

康富記【やすとみき】

室町時代の公家である権大外記(ごんのだいげき)の中原康富の日記。《中原康富記》ともいう。1401年から1455年の記事があるというが,途中の脱落がはなはだしい。

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世界大百科事典 第2版の解説

やすとみき【康富記】

室町時代の権大外記中原康富の日記。別称《中原康富記》。史籍年表では1401‐55年(応永8‐康正1)とするが,01年の日記は別人(おそらく父英隆)のもので,15年(応永22)から康富の筆になる。散逸がはなはだしく永享年間(1429‐41)のものは伝存せず,別に《永享二年大嘗会記》《永享十年八幡宮放生会記》(《群書類従所収)がある。室町幕府の政治や制度,朝廷の行事や故実,社会情勢を知る上で重要。《増補史料大成》所収。

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大辞林 第三版の解説

やすとみき【康富記】

室町時代の権大外記中原康富(1399~1457)の日記。1415年から55年までが現存、うち24年間分が欠落。父英隆の首巻を含み九三巻。政治・経済・文化・風俗・雑事など広範囲にわたる。中原康富記。康富御記。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

康富記
やすとみき

権大外記(ごんのだいげき)中原康富(やすとみ)(1400―57)の日記。父英隆(ひでたか)が死んだ1417年(応永24)から55年(康正1)56歳のときまで、断続して現存。朝廷の記事ばかりでなく、市中の事柄も多くみられる。太政官(だいじょうかん)の少納言(しょうなごん)局に属する外記の職は、地位は低いが重職で、代々清原・中原両氏が世襲してきた。しかし康富の一流は、もと源氏の出で、鎌倉末期から中原氏を称し、外記として代々登用されるようになり、権大外記を最高の官とし、日向守(ひゅうがのかみ)・隼人正(はやとのかみ)に任じられるのを常とした。自筆本92巻が父英隆の日記一巻とともに国会図書館に現蔵。『史料大成』所収。[益田 宗]

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