観世屋町(読み)かんじやまち

日本歴史地名大系 「観世屋町」の解説

観世屋町
かんじやまち

[現在地名]敦賀市相生あいおい

中橋なかのはし町と三日市みつかいち町の間の辻子町。慶長三年(一五九八)七月の津内村検地帳(田保家文書)に「くわんせや」とみえる。「敦賀志」は町名起源を「宮本家記」を引用し「越後ノ神人寛世ひろよ在宿の旧坊を寛世屋といひしと有」と伝える。寛文三年(一六六三)の家数四六、うち家持三五・貸屋一一(寛文雑記)、享保一一年(一七二六)の家数三八(指掌録)。天和二年(一六八二)には小売米屋・生魚屋・行李屋・のり屋・畳屋・足駄屋・紅染屋(各一軒)、檜物屋・蝋燭屋・買問屋歩(各二軒)があった(遠目鏡)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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