中橋町(読み)なかのはしまち

日本歴史地名大系 「中橋町」の解説

中橋町
なかのはしまち

[現在地名]敦賀市相生(あいおい)町

一向堂(いつこうどう)町と観世屋(かんじや)町の間の辻子町。永禄元年(一五五八)六月五日付善妙寺領目録(同寺文書)に「中橋之町」とみえる。「敦賀志」は町名の起源を「中世柳河の流此所を過て海へ入しとそ、一年洪水の為に溺死せし者有しを悼て、竹生嶋より気比宮へ月参りの僧某、願ひて橋を架しより、橋の東西を西町・東町と云、其中に架るを以て中ノ橋といひしか、今ハ流絶て町名となれる也」と伝える。

寛文三年(一六六三)の家数三五、うち家持二九・貸屋六(寛文雑記)。


中橋町
なかばしまち

[現在地名]金沢市中橋町・長田(ながた)一丁目

折違(すじかい)町の北西にあり、北西は広岡(ひろおか)町に続く。両側町で地子町。文政六年(一八二三)中橋横小路とともに折違町より分立して町立てされた(町奉行より出候町名)。町名は用水に架けられた中橋にちなむ。「金沢橋梁記」に「中橋すぢかい橋つづき」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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