観音岩岩陰遺跡群(読み)かんのんいわいわかげいせきぐん

日本歴史地名大系 「観音岩岩陰遺跡群」の解説

観音岩岩陰遺跡群
かんのんいわいわかげいせきぐん

[現在地名]高畠町二井宿 大洞

屋代やしろ川の上流宮下みやした集落西側の丘陵中腹(標高約三五〇メートル)にある。約三〇からなる岩陰遺跡群で、縄文時代早―晩各期と弥生時代前・後期の遺物を出土する。観音岩I洞の十三仏じゆうさんぶつ洞からは大洞A′式と天王山式の遺物が大量に発掘されている。貝輪・紡錘車・シカ角製装身具や骨角器、製作途上の金属器の削痕があるシカ角などが注目される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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