詫田村(読み)たくたむら

日本歴史地名大系 「詫田村」の解説

詫田村
たくたむら

[現在地名]千代田町大字詫田字詫田(たくた)東分(ひがしぶん)・詫田西分(たくたにしぶん)

村の東を田手(たで)川が南流し、久留米道沿いにある。

正和五年(一三一六)一〇月二五日の詫磨道覚譲状案(詫摩文書)に、

<資料は省略されています>

とあり、貞和五年(一三四九)八月の一色直氏安堵書(櫛田神社文書)に、

<資料は省略されています>

とある。また天授四年(一三七八)一一月一五日の比丘尼心智譲状案(詫摩文書)に、

<資料は省略されています>

と記され、神埼庄内の詫田郷としてその名がみえる。

「肥前風土記」の神埼郡船帆(ふなほ)郷に「同(景行)天皇 巡狩之時、諸氏人等挙 落葉船挙帆、参集於三根川之津、供奉天皇、因曰船帆郷」とある三根川は現田手川・馬場(ばば)川とみられ、船帆郷とは詫田一帯と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む