詫間庄(読み)たくまのしよう

日本歴史地名大系 「詫間庄」の解説

詫間庄
たくまのしよう

詫間を遺称地とし、詫間町から西隣の仁尾にお町一帯に推定される。建長二年(一二五〇)一一月日の九条道家初度惣処分状(九条家文書)に「近衛北政所 讃岐国詫間庄」とあり、道家の家司源有長が地主寄進をうけて立庄し、主人に進めた。有長が道家の次女仁子(近衛兼経の室)の乳母家であった関係から装束料として充てられ、ついで譲与された。文永六年(一二六九)には、関係は不明であるが摂津勝尾かつお(現大阪府箕面市)祈祷の礼として、千手供・荒神供の供料に充てるため、筑後国生葉いくは庄と当庄の上分のうち石別二升分の毎年送進が約されている(同年八月二一日「東市正某奉書」勝尾寺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む