誓多林村(読み)せたりんむら

日本歴史地名大系 「誓多林村」の解説

誓多林村
せたりんむら

[現在地名]奈良市誓多林町

沓掛くつかけ村の北西大平尾おびらお村西方にある。「春日社記録」中臣祐定記の嘉禎二年(一二三六)一〇月四日条に「制多林庄」とあり、同記録同年同月九日条に「東路 簀河路 誓多林路 田原路 福住路」とある。「大乗院雑事記」文明一一年(一四七九)五月一三日条の「一乗院家御領注文」に誓多林の荘名がみえる。

慶長郷帳に「清多林村」とあり、村高二七九・〇八石。御番衆領から元和元年(一六一五)郡山藩(水野勝成)領。のち同藩の二割半無地高増政策で村高は三五四・四五石となる。延宝七年(一六七九)幕府領に編入された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む