谷中感応寺新門前町(読み)やなかかんのうじしんもんぜんちよう

日本歴史地名大系 「谷中感応寺新門前町」の解説

谷中感応寺新門前町
やなかかんのうじしんもんぜんちよう

[現在地名]台東区谷中(やなか)五―六丁目

谷中感応寺(現天王寺)近くに形成された門前町屋の一。かつては谷中村の内。元禄一五年(一七〇二)に感応寺住職仏頂院が町屋家作開設を出願し、徐々に形成された。町は三ヵ所に分れ、上新門前町は観智(かんち)院の東にある片側町で、東は道を隔てて谷中感応寺(やなかかんのうじ)中門前町・谷中感応寺表門前新茶屋(やなかかんのうじおもてもんぜんしんちやや)町、南も道を隔てて谷中感応寺(やなかかんのうじ)古門前町、北は谷中養泉寺(やなかようせんじ)門前。町の規模は東西二九間三尺余・南北二六間、反別二反余。文政九年(一八二六)の家数四六、うち家守七・地借一・店借三八。谷中感応寺古門前町と組合をつくり町役を勤めている。感応寺借地にある藤見(ふじみ)稲荷社は町内持。下新門前町は明王(みようおう)院の西にあり、西は福相(ふくしよう)寺、南は道路を隔てて本通(ほんつう)寺・天龍(てんりゆう)院・正運(しよううん)寺、北は恵元院。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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