谷中感応寺古門前町(読み)やなかかんのうじこもんぜんちよう

日本歴史地名大系 「谷中感応寺古門前町」の解説

谷中感応寺古門前町
やなかかんのうじこもんぜんちよう

[現在地名]台東区谷中(やなか)七丁目

谷中(やなか)感応寺(かんのうじ)中門前町の北と西にあり、谷中感応寺(現天王寺)の西方に形成された門前町屋。慶安元年(一六四八)に町屋が開設されたといい、感応寺の門前では最も古い。延享二年(一七四五)に支配が寺社奉行から町奉行に変わった。町屋は四ヵ所に分れている。西古門前町は谷中感応寺中門前町の北に続き、道を隔てた西は谷中片(やなかかた)町・谷中七面前(やなかしちめんまえ)町、東は感応寺境内、北は新堀(につぽり)村(現荒川区)の経王(きようおう)寺。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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